地酒を追及する———西出酒造

酒蔵の紹介

はじめに

 私が最近魅力を感じてやまない酒蔵、それが、石川県小松市、粟津温泉近くに位置する『西出酒造』さんです。

 ご縁は、私が職場で酒粕飴を作ろうと企画に奔走しているときでした。知人に紹介してもらって、酒粕をご提供いただいたときに、その酒粕が『花酵母(兼六園の桜から採取した酵母)』で造られたお酒のものだと聞いて、初めて花酵母の存在を知ったのです。優しい甘さの日本酒に、それまで呑んでいたきりっとした日本酒とはまた違うおいしさを知りました。

 また、酒蔵にはカフェスペースもあり、イベントもよく企画しておられる、賑わいのある酒蔵さんです。これからもっと全国的にも人気が出るに違いないと感じ、ここでご紹介させていただきたいとお願いしたら、快く取材に応じてくださいました。

 前置きが長くなりましたが、早速ご紹介していきましょう。

 西出酒造さんの代表銘柄は『春心ハルゴコロ』。また、杜氏自身がその技術をもって日本酒の限界に挑戦している『裕恒HIROHISA』や、石川県の兼六園の桜から採取された酵母から醸された『兼六桜』も人気が高い商品です。仕込み水は超軟水(アメリカ硬度で15〜20ppmの井戸水を使用)。非常にやわらかい飲み口が特徴で、蔵カフェでは仕込み水を利用したコーヒーを味わうこともできます。

 創業は1913年、111年目となるこちらの酒蔵は、実は紆余曲折ありながら、今の杜氏であり代表でもある西出裕恒さんによって伝統の味が守られています。

酒蔵で育った西出さん

 西出裕恒さんは、1982年3月生まれ(取材時42歳)。石川県小松、西出酒造場を経営する先代の元に生まれ、冬は蔵人さんの食事のお世話を手伝いながら、杜氏さんや、先代が酒造りに真摯に取り組んでいる姿に憧れを抱き、酒蔵という家に生まれたことを特別のことと感じながら子ども時代を過ごしてこられました。

 中学生の頃、西出さんに転機が訪れます。酒蔵の経営権が譲渡され、酒蔵の名前も『金紋酒造』に変更されました。そのとき酒蔵を担っていく以外にも選択肢があることに気づきますが、先代のお父様と「いつかまた、一緒に『春心』を造ろう」と約束したことが酒造りを志すきっかけとなったといいます。

 高校卒業後、当時はパソコンが普及していたこともあり、今後は情報処理が酒蔵にも必要と感じた西出さんは、情報系の学部へ入学しました。勉学とアルバイトに励みながらも、やはり酒造りをしたいという思いが大きくなり、先代と相談して方向転換を決意。19歳で、加賀の鹿野酒造へ就職を果たします。

写真:西出酒造代表 西出裕恒さん

下積み時代を経て

 当時7人の蔵人が酒造りを行う鹿野酒造では、工程ごとに責任者が配置され、西出さんはまず『追いまわし』として下積みを積んでいくことになります。下積みは10年かかるとされ、追いまわし、釜場、麹、酒母、醪の部署を任されて、そこから杜氏としてまた修行が必要とされる難しい世界です。西出さんは酒蔵の息子でありながら、何も知らない世界だと改めて感じたといいます。

 杜氏さんに自分の名前を覚えてもらうことからスタートし、働きながら酒造りを覚えていく一方で、実家の酒蔵の杜氏やお父様から古い教本を譲り受け、着々と酒造りについて学んでいきました。

 ところが鹿野酒造で働いて4年が経ったころ、先代のお父様が体を壊してしまい、西出さんはあの約束を思い出します。

———“一緒に春心を造ろう”

 修行中の身ではありましたが、その約束を叶えるために帰ることに。

 金紋酒造はもともと先代と数名の蔵人や社員さんがいましたが、高齢化によって人手が不足していました。そのこともまた西出さんは懸念していたのです。

 退院した先代と戻ってきた西出さん、社員さんの3人で酒造りが再びスタートしました。これまでの修行では、それなりの人数で分業制で行っていた日本酒造り。今度は少人数で、すべての工程を見なければならない。ようやく、日本酒造りの全貌と、実家の蔵内の細かいところまで知った西出さん。大きな飛躍になったといいます。

金紋から、西出へ

 当時の金紋酒造の社長と、西出さんのお父様も続けて亡くなり、代替わりの時がきました。新しい金紋酒造の社長に、西出の名前で酒造りがしたいと申し出ますが、そのための資金繰りに苦戦します。それでも粘り強く復活を目指す西出さんに、社長も覚悟を感じ取ってくれたのか、時代の流れの後押しもあり、経営権が戻ってきたのが今からちょうど10年前、西出さんが32歳のころでした。

 父と一緒にという約束は叶えられませんでしたが、みごとに、復活をとげた『春心』。西出さんの酒造りに大きな変革の時がきました。

新しい挑戦

 先代と約束した『春心』の復活はもちろんのこと、金紋酒造時代にやりたいと思った酒造りの企画が通らずにもどかしい思いを抱えていた西出さんは、自分の酒蔵になったことで、爆発的に挑戦をはじめます。

 新幹線開業を機に宣伝商材にしようと、石川県酒造組合連合会、石川県工業試験場で協力して開発が進んだのが『いしかわ花酵母開発プロジェクト』です。石川県内の名所で採取された花からアルコール生産性の高い野生酵母を使ったオリジナル清酒を造る試みです。この挑戦に名乗りを上げたのが、西出酒造を含めた3社の酒蔵でした。現在2社が続けて販売しており、安定的に販売(毎年製造)を行っているのは西出酒造さんのみとなっています。この継続的な取り組みが学術論文や石川県のPRに一役買っておられるのです。

写真:春心 兼六桜 昼(甘口,アルコール度数13度)※夜(辛口)タイプもあります

究極の地酒を追及するための、挑戦

 地元の木を使った木桶で醸造したいという思いから、地元の大工さんに香川県の小豆島へ木桶づくりを学びに行ってもらったといいます。

 昔は木桶で造られていた日本酒。今ではほとんどが金属製のタンクで現代的な衛生管理のもとに仕込まれており、木桶を造ることができるのは大阪一社だけでした。

 小豆島では味噌や醤油を造るために使われる“木桶”をつくるため『木桶職人復活プロジェクト』が実施され、西出さんも木桶職人を増やすため、地元の大工さんに小豆島まで行ってもらいたいと(木桶つくりに興味を持ってもらいたいと)、声をかけたのでした。

 木桶で造る日本酒と、金属タンクで造る日本酒。その違いは何なのか。木桶を手に入れた西出さんは今、研究機関へ提供するためのデータ収集を行っています。木桶がもつミネラル分や油分などの特徴がお酒にどのように影響するのか、この優位性がはっきりとわかれば木桶で造る価値がより一層増すと期待されています。

 小さい酒蔵としてなにができるか。西出さんは、個性を追及することをめざしています。その土地の水と、水源を同じくする地元の契約農家さんに作ってもらった酒米、蔵付き酵母など身近な酵母と地元の木で造られた木桶。それらを生かした究極の地酒を追及すること。それが西出さんのテーマとなっています。

西出酒造の今オススメのお酒

HARUGOKORO

春心のアナザーシリーズ。現代的な造り方で、水の特徴をより生かしたお酒。旨味のあるこれまでの春心とは違って、クリアな味わいが特徴。日本酒ビギナーにもおすすめ。

亀ノ尾

地元農家さんに作っていただいたお米「亀ノ尾米」で作ったお酒。クリアな味わいになりやすい亀ノ尾米のお酒を一年熟成させることでの濃醇さが増し、より味わい深いお酒に。

もろみー

西出酒造の蔵猫として有名な「もろ」と「みー」がラベルのモデルになった純米酒。カクテルにしても楽しめます。

おわりに

 興味深い酒蔵だな、という思いを持っていた西出酒造さん。お話を伺って、ますます関心が深まりました。

 「日本酒がさらに身近に根ざしてほしい。そのためにできることをしたい」と西出さんは語ってくれました。今後の日本酒への挑戦とその心意気に、これからも私なりの応援をしていきたいと深く思えた、貴重な時間でした。

 最寄り駅『粟津駅』から徒歩圏内にあるので、旅行がてらぜひ寄ってみてはいかがでしょうか。カフェでは日本酒の試飲もできるほか、酒粕を使ったスイーツや、仕込み水を利用したコーヒー、昔から守られてきた蔵の建造物も堪能することができます。

写真(左から):izuko/西出裕恒さん/女将 西出加世子

西出酒造 基本情報

〒923-0304 石川県小松市下粟津町ろ24番地

 TEL:0761-44-8188 

営業時間:午前9時〜午後4時

    ※見学ご希望の方は時期によって異なりますのでお問い合わせください 

    ※団体(観光バス)の見学・試飲は終了致しました

定休日:木曜日・日曜日

日本酒飲み比べ:200円〜 

◎水・土曜日限定『蔵CAFÉぐるり』

    (店内にて仕込み水コーヒーやスイーツなどお楽しみいただけます) 

駐車場:あり(台数に限りがあります)

写真撮影/中西優「M’s photography」

▼参考サイト

西出酒造 

木桶職人復活プロジェクト 

▼参考文献

井上智実,松田章.花から分離した酵母を用いたオリジナル清酒の開発,石川県工業試験場平成29年度研究報告 VOL.67 p.27-32

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